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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1993号 判決

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対して金三六〇万七三三六円およびこれに対する昭和三五年八月一〇日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決および仮執行の宣言を求めた。

(一)  原告訴訟代理人は主たる請求原因として次のように述べた。

原告は、訴外亀甲貴太郎(通称貴多郎)に対する東京法務局所属公証人田部顕穂作成昭和三五年第一七五六号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本にもとずいて、右訴外人が被告の九段支店に対して有していた当座預金三万円普通預金四万六三二六円定期預金債権四口合計一六五万円(別表(ハ)の(1)ないし(4))完期積金債権七口合計三三三万九〇〇〇円(別表(ハ)の(5)ないし(11))出資金五〇万円についての債権差押命令の申請(東京地方裁判所昭和三五年(ル)第一八〇一号事件)をし、同裁判所の右債権に対する差押命令は、昭和三五年七月二八日第三債務者である被告に、さらに同年八月九日債務者亀甲にそれぞれ送達され、続いて原告は右債権に対する転付命令の申請をなし、右裁判所の転付命令は、同年八月九日同じく被告および右訴外人に送達された。

よつて、原告は被告に対して、右転付債権の一部である金三六〇万七三三六円と右転付命令送達の日の翌日以降右完済まで商法所定年六分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

(二)  被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、右原告主張事実中、訴外亀甲貴太郎が被告の九段支店に対して原告主張の債権を有していたこと、右債権に対して原告主張の日その主張のように債権差押命令と債権転付命令の送達のあつたことはこれを認めるが、その余の事実は争うと答えた。

(三)  被告訴訟代理人は抗弁として次のように述べた。

(1)  被告は昭和三五年二月五日訴外亀甲貴太郎(通称貴多郎)との間に、訴外吉川彰彦を連帯保証人として、別紙手形取引約定書抜萃を主たる内容とする手形取引約定を締結し、これにもとずいて昭和三五年七月一五日当時訴外亀甲に対して同訴外人振出被告宛の約束手形に依る別表(イ)記載の手形貸付金債権及び同訴外人から割引を依頼されて割引いた別表(ロ)記載の手形割引による手形買戻請求権を有していた。

(2)  一方、訴外亀甲は同じく昭和三五年七月一五日当時被告に対して別表(ハ)記載の定期預金定期積金普通預金による各債権を有してた。

(3)  ところで、これよりさき昭和三五年七月六日訴外亀甲はその被告に対して有していた右定期預金定期積金普通預金の各債権(当時の預入額掛込額は別表(ハ)記載の金額欄中括弧内記載のとおり)を、同人が前記手形取引約定にもとずいて被告に対し現に負担しまたは将来負担するであろう一切の債務の担保として被告に提供することとし、これについて同日被告に対し別紙担保差入契約書記載内容を主たる内容とする質権設定を約した。そして、右認定に係る質権の効力の及ぶ預入額入額掛込額はその後増加して、昭和三五年七月一五日当時においては別表(ハ)記載のとおりとなり、また右質権設定契約書については同年七月二八日付をもつて公証人の確定日付が得られた。

(4)  ところが、昭和三五年七月一五日訴外亀甲は被告に対して、その経営不振のため、先き行き被告に対し負担する債務について、その不履行を生ずる虞れがあるからとの理由で、割引手形買戻債務を認めて被告との手形取引の整理決済を申込み、その債権債務の相殺の申入れをしてきたので、被告はこれを受諾し、別紙担保差入契約書第一項及び別紙手形取引約定書第二項第三項にもとずいて、訴外亀甲の依頼によつて割引いた別表(ロ)記載の手形買戻請求権と別表(イ)表記載の手形貸付金債権とを自働債権とし、前記質権の対象となつていた別表(ハ)記載の債権を受働債権として相殺をして、被告と同訴外人との間の債権債務を決済し、その後同年八月一九日までに自働債権の相殺残額について訴外亀甲から現金決済うけて別表(イ)および(ロ)表記載の各手形を同訴外人に返還をした。

したがつて、その後になされた原告の本件差押および転付によつて原告がその主張の債権(別表(ハ)記載)を取得することはできない。

(5)  かりに、右七月一五日の相殺が認められないとしても、被告の訴外亀甲に対する別表(イ)(ロ)の各債権については、原告の差押により、別紙手形取引約定書第二項により、弁済期到来し、相殺適状になり、昭和三五年八月一九日被告は別紙担保差入契約書第一項所定の約定(これは相殺予約で予約完結権を被告に留保したものである)にもとずく予約完結権を行使したのであるから、被告は右相殺をもつて原告に対抗しうる。

(四)  原告訴訟代理人は、被告の抗弁(2)および(3)の事実はこれを認める。同(4)の事実は不知(5)の主張は争うと答え、かりに、被告主張の抗弁事実が認められたとしても、被告は別表(ロ)記載の割引手形について、その支払期日までの利息を受領しているのに拘らず、支払期日までその有する質権の実行をまつことなく、訴外亀甲と共謀の上、原告が差押とこれに続く転付命令によつて、別表(ハ)記載の債権を取得することを妨げることのみを目的として、その質権の実行として、その主張のような相殺をしたものであるから、右相殺は権利の濫用として許されず無効のものといわなければならない。

(五)  被告訴訟代理人は、右原告の権利濫用の主張に対して、被告の質権の実行としての相殺は、銀行取引上すべての約定により保護されるべき期待と利益を擁護するためになされたもので、権利の濫用というべきものではないと答えた。

(六)  原告訴訟代理人は、予備的請求原因として次のように述べた。かりに被告の抗弁が認められ、原告の主たる請求が容れられないとしても、被告はその質権実行の結果、別表(イ)および(ロ)記載の各手形債権について、相殺に因り弁済と同一の結果を得たのであるから、民法第四八七条第五〇三条によつて、別表(イ)および(ロ)記載の各約束手形を、転付債権者たる原告に返還すべきであるのに拘らず、これを訴外亀甲に交付し、因つて原告えのこれが返還を不能ならしめた。したがつて、原告は被告に対し、右手形の返還債務の履行不能に因り右手形額面相当額の損害を与えたものである。よつて原告は右手形の返還に代る損害の賠償として、右手形額面金額の合計額相当の金員支払請求権を有するところ、右の内主たる請求金額に相当する金三六万七三三六円およびこれに対する昭和三五年八月一〇日以降右完済まで年六分の割合による金員の支払を求める。

(七)  被告訴訟代理人は原告の予備的請求に対して、本訴答弁および抗弁のとおり陳述した。

証拠(省略)

別紙

(イ) 表 (手形貸付金債権)

(1) 額面金一五〇万円、支払期日昭和三五年七月三一日、支払場所城南信用金庫九段支店、支払地・振出地東京都千代田区、振出日同年七月一日およびこれに対する昭和三五年八月一日から同年八月一九日までの遅延利息五四一五円。

(2) 額面金八〇万円 支払期日昭和三五年八月二八日、振出日同年二月二四日とする外他の手形要件右に同じ。

(3) 額面金一一万八一八八円、支払期日昭和三五年九月三日、振出日同年七月一五日とする外他の手形要件(1)に同じ。

(4) 額面金六〇万円 支払期日昭和三五年一〇月二八日、振出日同年七月一三日とする外他の手形要件(1)に同じ。

(5) 額面金三五万四六一八円、支払期日昭和三五年一〇月二八日、振出日同年六月三〇日とする外他の手形要件(1)に同じ。

別紙

(ロ) 表 (割引手形買戻請求権)

以下(1)乃至の(6)の手形買戻請求により生じた額面金額の合計額を内容とするもの。

(1) 額面金三二万一四六〇円、支払期日昭和三五年九月七日、支払場所東都銀行本所支店、支払地東京都墨田区、振出日昭和三五年五月一〇日、振出人関東硝子株式会社、受取人裏書人いずれも訴外亀甲貴多郎。

(2) 額面金五五万四〇〇〇円、支払期日昭和三五年八月一九日、支払場所、支払地、振出日、振出人受取人、裏書人いずれも右に同じ。

(3) 額面金三〇万円 支払期日昭和三五年九月一四日支払場所富士銀行北沢支店、支払地東京都世田谷区、振出日昭和三五年五月一〇日、振出人新紅梅製菓株式会社、受取人裏書人関東硝子株式会社第二裏書人亀甲貴多郎。

(4) 額面金二九万八八五〇円、支払期日昭和三五年九月一九日、振出日同年五月二〇日とする外他は(1)に同じ。

(5) 額面金四二万八五六〇円、支払期日昭和三五年八月三一日、振出日同年五月二〇日とする外他は(1)に同じ。

(6) 額面金六三万一六六〇円、支払期日昭和三五年一〇月二六日、振出日同年七月一〇日とする外他は(1)に同じ。

別紙

(ハ) 表

(1) 昭和三五年二月二九日付第三四号定期預金

金一四〇万円。

(2) 昭和三五年二月二五日付第三九号定期預金

金一五万円。

(3) 昭和三五年二月二六日付第四五号定期預金

金五万円。

(4) 昭和三五年二月二五日付第七九五号定期預金

金五万円。

(5) 昭和三二年一二月二日付第一一九二号定期積金

金八二万一五〇〇円。

(6) 昭和三三年六月四日付第一五五三号定期積金

金六六万二五〇〇円(六三万六〇〇〇円)

(7) 昭和三三年七月三一日付第一六七五号定期積金

金六三万六〇〇〇円(六〇万九五〇〇円)

(8) 昭和三三年九月二二日付第一七五四号定期積金

金二九万一五〇〇円(二七万八二五〇円)

(9) 昭和三三年一〇月三一日付第一八二七号定期積金

金五五万六五〇〇円(五三万円)

(10) 昭和三四年三月二四日付第二〇六七号定期積金

金二一万二〇〇〇円(一九万八七五〇円)

(11) 昭和三五年一月七日付第二六八二号定期積金

金一五万九〇〇〇円(一五万二五〇〇円)

(12) 昭和三五年四月一五日付第二五八四号普通預金

金二万五一二九円(二万四六八三円)

別紙

手形取引約定書抜萃

一、訴外亀甲の振出または裏書した手形について、引受または支払拒絶のあつたときは、拒絶証書の作成その他法定手続の有無に拘らず、右訴外人は被告に対し右手形金および期限後損害金ならびに諸費用を直ちに支払うこと。

二、訴外亀甲が被告に対して負担するすべての債務のうちいずれの債務についても、その履行を怠つたときまたはその不履行のおそれありと認められたときは、他の一切の債務について同訴外人は期限の利益を失つたものとして、被告においてなんらの通知をすることなく、同訴外人の被告に対する預金その他の債権の全部または一部をもつて、同訴外人の被告に対する債務の弁済に充当処理しても異議のないこと。

三、訴外亀甲が被告に割引を依頼した手形の支払人および手形関係人で支払を拒絶しもしくは拒絶するおそれがあると認められたときは、同訴外人は被告の請求次第右手形の買戻をすること。もしこれに応じないときは、手形の期限前でも前項に準じて取扱つても異議のないこと。

別紙

担保差入契約書(抜萃)

一、訴外亀甲が債務不履行をしたときもしくは被告において同訴外人に債務不履行のおそれありと認めた場合には、同訴外人の被告えの預金その他が期日前であつても、なんら通知催告を要せずに被告はその元利金ならびに給付金の一部または全部を任意処分の上、被告所定の方法により、同訴外人の被告に対し負担する債務の弁済に充当しても異議のないことは勿論万一不足を生じたときは直ちに追償すること。

二、積立式の預金にあつては、初回預入金から最終預入金に至るまで、その預入の都度その預入金合計額ならびに利息をも含めてこれに対し担保の効力が及ぶものとして前項のとおり取扱うこと。

三、定期積金にあつては、給付金または第一回掛込金から最終掛金に至るまで、その掛込の都度その掛込金合計額ならびに利息についても担保の効力が及ぶものとし第一項のとおり取扱うこと。

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